
|
地である。積雪量は平年150?pを超え、年によっては300?pに及ぶ。
面積は390.5k?uと広い。山林が97.4%を占め、そのほとんどが国有林である。尾瀬への玄関口の1つである(図表2)。
図表2 槍枝岐村周辺の道路と鉄道

2 歴史
村内の遺跡からは縄文時代の土器なども見つかっている。古くは、奥州会津小屋ノ原村と呼んだ。当時は、家が数軒点在していた程度の集落だった。794年に紀州より藤原金晴という人が来て、村に住みつき、集落を指導しながら村づくりをした。844年には、越後の国から枝折峠を越えて藤原常衡、大友師門、熊谷勘解由の3人が来て、住みついた。
村名の由来は、良質の黒ヒノキ材を大量に産出したためとされる。
江戸時代には幕府の直轄領地となった。1889年の市町村制の施行によって、伊南村・大川村・檜枝岐村の組合村となり、1917年に組合村から独立して檜枝岐村となった。
前ページ 目次へ 次ページ
|

|